果物さん、あなたはいつから高級嗜好品になってしまったの?

マジメ風味の話題

物価高に苦しめられる日々だが、中でも最近、目に付くのが、果物が高すぎるということである。
スーパーの青果コーナーに行くと、目立つところに季節の果物がズラッと並べて置いてあるのだが、値札を見たら「うっ」となって立ち去ることが多い。
もともと、果物は高価だというイメージはあるものの、その傾向はますます強まっていると感じる。

果物の高値って、あまり気にされてなくない?

例えば、先日のある日、スーパーで見かけた果物の値段は次の通りだった。
(※基本、同種類の中でいちばん安いものを記載。特売品も含まれる)

りんご(サン津軽)1個:178円
梨(あきづき)2玉:598円
ぶどう(種なし巨峰)1房:990円、ぶどう(シャインマスカット)1房:990円
柿1個:138円
桃2玉:880円
いちじく1パック:598円
みかん1袋:498円
バナナ1袋:99円

しかし、物価高を伝えるニュースの中でも、果物が高くなったという話はそんなにピックアップされない気がする。
「コメも野菜も肉も軒並み値上がりして、食卓が苦しいです」というのはありそうでも、「果物が値上がりして苦しいです」という話はあまり聞いたことがない。

それがなぜなのか、想像すると、たぶんみんな、「果物は趣味的に食べる贅沢品だから」と思っているからではないだろうか?
つまり、果物は、「お金が潤沢にある人が買うもの」「家計が苦しければ買わなければいいだけ」と思われているのではないだろうか。

確かに、
「物価高で、去年は1000円で買えたシャインマスカットが1500円になってしまいました。家計が苦しいです」
なんていう台詞を聞いても、きっとみんな共感しないだろう。
シャインマスカットのような贅沢品は、苦しいなら買わなければいいだけだ。

しかし、ふと思う。
・・・あれ?
そもそも、果物って、「嗜好品」「贅沢品」だったんだっけ???
なんかおかしくない?

果物は食生活に必要なもの

参考までに紹介すると、
国は、「果物の1日の目標摂取量」を「200g」と定めている。

厚労省が策定している「国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針」にて、
「野菜の目標摂取量350g」と並んで、「果物の目標摂取量200g」が明記されているのである。
野菜の350gは、どこかで聞いたことがある人が多いと思うのだが、果物もそれと同じ並びで目標量が設定されているのである。

つまり、果物は野菜と同じく、「必要な栄養」であり「健康な食事のために取るべき食物」という位置づけなのだ。
決して、スイーツやお酒のような嗜好品でも、贅沢品でもないはずなのだ。

果物200gとは、
りんご1個、みかん2個、ぶどう1房、もも1個、なし1個、バナナ2本・・・
くらいの量だそうである。

私は、果物は好きなほうで、よく食べるけれども、上記の量を毎日取れるかと言われたら、「うーん・・・」という感じがする。
家族4人がこれを達成しようとしたら、1家庭で、1日に4個のリンゴとか、8本のバナナとかを必要とするわけで、それを常時、調達するのは、なかなかのハードルだ。

ブランド化が進んでいるのを感じる

日本の果物は、とてもおいしいし、年々、高品質になっているのを感じる。
品種改良が行われ、より甘くておいしいブランド品種が市場に出てくる。
一方で、その分、どんどん、「高価格路線」も進んでいるように思われる。

思い返せば、子どものころ食べていた果物は、今ほどおいしくなかった。
例えば私は、イチゴがあまり好きではなかった。酸っぱかったからだ。
子どもの舌には、酸味が強くて食べにくいので、牛乳と砂糖をかけて、スプーンで潰して食べたりしていたものだ。
リンゴも、ものによっては酸っぱかったり、ズヤズヤっとした食感だったりして、おいしくないと思うことも多かった。
ブドウといえば、粒の小さなデラウェアだった。
これは甘くておいしいけれど、食べるのがめんどくさかった。
たまに、特別な日のごちそうに、巨峰が登場したことがあったかもしれない。

そもそも、粒が大きい巨峰のようなビジュアルのブドウは、「銀座千疋屋」とか「新宿高野」みたいな高級フルーツ店で、あるいはデパ地下で、カゴに盛られて、驚くような値段で売られているようなものであって、贈答品とか、お見舞いとか、お供えとか、そういう用途のためにあるのだと思っていた。
つまり、普段の食生活で日常的に食べるようなものではないという認識だ。

それが今、スーパーに行くと、広い売り場面積を占めてずらっと並んでいるのは、シャインマスカットだったりする。
確かにおいしいけれど、毎日食べるような値段のものではない。
少し前は、入口にズラッと並んでいたのは桃だった。これも同じく、デリケートな高級品であり、買い物カゴに無造作に放り込むような買い方はしない。

庶民的な値段で手に入る果物と言えば、ミカンやリンゴ、バナナあたりが想定されるだろうか。しかし、これも決して安くはない。
そもそも、バナナなんてほぼ100%輸入品であり、日本人が毎日持続的に食べるものの中心になるのは、少々無理があるのではないか?

果物を食べない日本人

実は、日本の果物摂取量は、国際的に見ても極めて低水準なのだ。
日本果実協会のWEBサイト(もぎたてパーラー)によれば、
1日の消費量は、オランダ444g、イタリア386g、アメリカ266g、韓国184gに対して、日本は140gとされている。
世界平均の203gに対して大幅に少ないのはもちろん、アジアの平均181gにも全然届いていない。

日本には、おいしい旬の果物がたくさんあって、どれも高品質。
海外でも人気なのだろう。ブランド果物の苗が海外へ持ち出され、流出している事案が問題視されるほどだ。
なのに、当の日本人は、サッパリ果物を食べていない!!

厚労省の「健康作りサポートネット」には、「果物1日200gのすすめ」と題した文章があり、以下の通り書かれている。

厚生労働省が実施した2023年の国民健康・栄養調査によると、日本人の20歳以上の1日あたりの果物摂取量の平均は約93gと報告されており、目標には届いていません。また、果物の摂取量が100g未満の人の割合は63.4%、200g未満の人の割合は83.8%に上ることが示されています。さらに、1日に全く果物を摂っていない人の割合は、40.1%にもなります。日本では果物の摂取量が少なく、1日200gの目標に届いている人はごくわずかです。・・・

これを読んで、言いたくなる。
「いや、そりゃ、そうでしょうよ!!」

現在のこの「果物高級化路線」の中で、毎日200gの果物を食べられる人がどれだけいるだろうか?
おいしそうな桃が2玉1パック、880円で売られている。きっと甘くてとろけるような味だろう。あるいは、梨2玉598円も、みずみずしくておいしそうだ。
でも、そのお金があれば今日の夕飯を買える。880円ならかなりいいお弁当が。そして500円あれば、安価なお弁当を買えるし、あるいは500円の範囲内で豚こま切れ肉と野菜とか買ってもいいな。
その一食分を犠牲にして果物を買うの、正直キツくないか?かなりの葛藤ではないか?

果物は、すっかり、「贅沢品・高級品」「趣味的に買うもの」「日々の食事に必須ではないもの」になってしまっている。

高級品じゃない日常食がほしい

これだけおいしい果物がたくさんあって、それなのに日本で果物の消費量が少ないのは、もう端的に、「高級化しすぎているから」ということに尽きるのではないだろうか。

私は思う。
もっと、日常食としての果物がほしい。

カゴに入ってキラキラに盛られるようなやつじゃなく、買い物のたびに無造作にカゴに放り込んで、日々、繰り返し食べるような果物。
人参とか玉ねぎみたいに、いつも身近にある食材としての果物。

もちろん、生産者側の立場も想像できる。
果物を生産するのはとても手間がかかる。
少量でも高い利益を生み出せる、高付加価値な商品を作ろうとするのは自然なことだ。

でも、本当に我々の健康にとって、「1日200g」の果物が望ましいというなら、みんなが毎日食べられる果物が、もっと潤沢に市場に出回る必要があるのではないか。

カゴに盛られて燦然と輝く高級果物も、特別な日にご褒美として味わうおいしい果物も、もちろんあったらよい。
でも、それとは別に、「そんなに特別おいしいわけではないが、いつもはこれを食べている」みたいな果物も、やっぱりあってほしいと思うわけだ。

肉でいえば、黒毛和牛は確かに絶品だろうけども、それは特別なごちそうであって、庶民がしょっちゅう食べるものじゃない。日常的には鶏むねとか豚こまとか、もっと安価なものを食べているだろう。食材として棲み分けられているわけだ。
果物も、そういうふうにできないだろうか。

「安い果物なんか作っても、商売にならないよ」と言われるだろうか。
もしくは、「別に、果物は嗜好品ってことで全然いいんじゃない?」と、みんな思ってるということだろうか。
もしそうだとしたら、残念ながら国が掲げる「1日200g」は絶対に達成できないだろう。

データによれば、若い世代ほど果物の消費量は少ないのだ。
※果物をほぼ毎日食べる人の割合は全世代平均で22.4%だが、世代別に見ると20代12.8%、30代16.4%に対し、60代では34.9%である。

厳しい懐事情の中で、「果物なんて高いから全然食べない」という食生活の子ども・若者が増えれば、この先、果物の消費は細っていくばかりなのではないか?
果物市場にとっても、高価格路線一筋では、将来に不安が残るのではないだろうか。
果物消費を維持・拡大するためには、やはり高級品ではなく、日常食としての果物がたくさん供給されることが必要ではないだろうか。
余計なお世話ながら、そんなことも思うのであった。

あいつ、なんかずいぶんキラキラして、遠い存在になっちゃったな

夏から秋にかけては、1年のうちでも、特に、おいしい果物が出回る季節だ。メロン、スイカ、桃、ぶどう、ナシ、柿・・・
スーパーに行けばおいしそうな果物がいっぱい並べられている。
でも、他の食品を差し置いてまで、それを買おうという気にはなかなかなれない。
そうしているうち、「今年は○○を食べないまま、○○の季節が終わっちゃったなあ・・・」と感じることが増えた。

どんどん高級化していく果物を見ていると、なんだか果物が遠い存在になってしまったような、ちょっと寂しい気分がする。

※なお、詳細は書かなかったが、「果物の消費に関するアンケート調査報告書」を見ると、「果物が高すぎる」ことも、「もっと手ごろな果物が必要だ」ということも、私一人の意見ではないということが読み取れる。
「果物を毎日摂らない理由」の1位は「値段が高いから」であり、「どのような果物があればもっと消費を増やすか」という問の回答の1位は「多少外観は悪くても割安な果物」である。

おまけ:とりあえずリンゴ、食べてます

上述の通り、私は果物はけっこう好きなほうなので、「家に何かしら果物がある」状態をキープできるよう、手頃な果物を常に探し回っている。いちばん助けられているのは、リンゴだろう。貯蔵がきくので、秋の収穫時期からかなり長期間出回っていて、値段も比較的安価だ。
秋になり、涼しくなってきたら、10kgくらいの箱入りのを通販して、少しずつ食べたりする。「訳あり」みたいな商品を選ぶと安い。
驚くのは、「訳あり」「加工用」などと書いてあるリンゴを買ったとしても、十分食べられて、何の問題もない、ということだ。
別に人様にお出しするわけではない。自分がテキトーに切ってムシャムシャ食べるだけである。味がイマイチでも許容できる。
「いや別に、これでいいじゃん??」とよく思う。
しかし、見た目や傷などの問題で、通常の流通ルートで出荷できないから、「訳あり」扱いになるということなんだろう。
果物への要求水準がちょっと上がりすぎていないだろうか。
贈答用はともかく、スーパーで家庭用に売る果物は、もっと基準をゆるくして、代わりに日常的に食べられる価格にできないものだろうか、と思ったりする。

コメント

タイトルとURLをコピーしました