前置き:新たな防災気象情報の提供開始
5月も終わりに近づき、梅雨の足音が聞こえてきた。
これから先、日本列島は雨や台風の多い季節を迎える。
それに先だって、気象庁が新しい防災気象情報の提供を開始したと報じられている(記事)。
これまで、災害の種類に応じてさまざまな段階・名称が混在していて分かりにくかった防災気象情報を同一の基準で統一し、レベル1~5までの指標で表すことになった、というものだ。
詳細は気象庁の資料などで確認できるが、めちゃくちゃザックリいうと、
レベル3:警報⇒高齢者など時間がかかる人は避難する
レベル4:危険警報⇒みんな避難する
レベル5:特別警報⇒もう災害起こってる(避難間に合わない)から家の2階とかに逃げる
みたいなレベル感であり、
河川氾濫・大雨・土砂災害・高潮の4種類の災害について、それぞれのレベルを付した防災気象情報(「レベル4大雨危険警報」など)が出される。
情報が分かりやすく整理されたことは歓迎すべきである。
しかし問題は、「レベル4です」といわれたときにどれだけの人が実際に避難できるか、ということだろう。
災害の危険が迫っている場面で、各個人が避難行動を取るのは、口で言うほど簡単ではない。
私自身は、もう数年前、2019年のことだが、
これまでの人生で一度だけ、水害の危険を理由に避難したことがあるので、その時のことを思い出した。
本稿では、経験談としてお知らせしたい。
・台風襲来。避難勧告で、避難を決断
2019年10月12日に日本に上陸した台風19号は、東日本の各地に記録的な大雨をもたらし、死者100人以上を出す大災害になった。
気象庁によって「令和元年東日本台風」と命名されている。
このときは東京でもかなりの雨が降った。
その当時、私は23区の東の端、名だたる海抜ゼロメートル地帯(?)である江戸川区に住んでいた。
この台風の際、区内の広域に避難勧告(※)が出た。
江戸川区の人口約70万人に対し、約43万人が対象になっていたという。
自宅のある地域も含まれていた。
10月の三連休の初日のことで、楽しい連休なんかどこへやら、朝から避難勧告発令の連絡が入ったのである。
(※)当時は、避難勧告と避難指示という2段階があったが、その後の制度改正により、現在、避難勧告は廃止されている。勧告とか飛び越えて、いきなり避難指示が出るので注意。
台風の接近前から、各種メディアでしきりに警戒が呼びかけられていたし、鉄道は計画運休を決めるしで、
「ヤバいです!」という非常事態ムードが漂っていたので、
今回、無事ですまないかも、という懸念は持っていた。
そこへ避難勧告。
自分にとって、まさかの人生初・避難勧告である。ついにこの日が来てしまった。
笑い事でもないのだが、「うわーついに自分が避難勧告受けちゃったよ~どうしよ~」などと、変なハイテンションで、浮き足だった気持ちである。
「どないしょ、どないしょ」といって、夫と話し合い、
結果、私たちは決断した。戦国武将のように果断に。
「いざ、防災リュックを持てぇぇい!!避難じゃああ!!」
荷物をまとめて食べ物なども準備して、避難所へ向けて出発した。
現実問題、「大雨です!」「避難指示です!」とか言われても、たぶん、たいていの人はなかなか避難しないと思うのである。
実際に避難行動をとるのは、めちゃくちゃハードルが高い。
「数十年に一度の大雨」と報道されても、目の前で川でも溢れない限り、なんとなく自宅にとどまってしまったりする。
しかし、目の前で川が溢れて初めて「避難しなければ」と思っても、もう遅いのだ。
そんな取り返しのつかない後悔はしたくない。
そのときの家族構成は私、夫、そして3歳になったばかりの長男だった。
正直、避難するのは気が重い。というか、ダルい。いや、そりゃ、雨降ってるけど、そんなすぐ氾濫とかしないだろ。荒川めっちゃ河川整備してるんだぞ、スーパー堤防とかさあ。ていうか、こんな雨の中、出歩くのがそもそもヤダ。
…てな感じが本音だった。
自宅の近辺がすっかり浸水するエリアだということは元々知っていた。
私が住んでいたのは3階建てアパートの3階。ハザードマップでの浸水深は3~5m。つまり、2階まで浸かる。
「3階なら大丈夫なんじゃない?」
「いや、しかし、ヨユーぶっこいてたら実際は10m浸かるかもしれないしな」
「第一、仮に3階だけ助かったとしても、周囲が水没してたら終わりじゃん」
あれこれ渦巻く思考の中、最終的に避難しようと決めたのは、
ぶっちゃけ「土曜の朝だったから」だと思っている。
十分な時間的余裕があり、かつ翌日も休日。仕事の対応も考えなくてよい。そういう条件がたまたま揃っていた。
これが平日真っ最中の、しかも夜中だったら、話は違っていただろう。
避難先は、近所のコミュニティホールのようなところだった。
あらかじめ避難所と指定されている小中学校ではなく、区が自主避難施設として開設した場所で、
日頃よく子供と遊びに行ったりしていた施設でもあった。
ホールや会議室のようなところが開放され、おのおのの避難者が持参したシートなどを敷いて避難していた。
私たち家族はその日を終日、避難所で過ごし、一晩泊まって、次の朝、避難勧告の解除を待って、帰宅した。
・避難してみてわかったこと
…で、結果的には何も起こらなかった。いわゆる空振り。
浸水被害はなかったし、仮に避難しなかったとしても、何事もなく自宅で過ごせていただろう。
ただ、不謹慎な言い方をすれば、今後何かあった場合の練習にはなった。
例えば今思い返しても、次のようなことが分かった。
〇避難所に行くまでが巨大なハードル
⇒小さい子を連れていると、土砂降りの大雨の中で避難所まで移動すること自体が大仕事である。
普段、豪雨の中でわざわざ出歩いたりしないので、私たちは雨用の装備をほとんど所持してないありさまだった。家にあったのは、傘と100均レインコートくらい。
⇒最低限、長靴と、しっかりしたレインコートはマストの装備だ。
それがなかったら避難所についた時点でずぶ濡れのべちゃべちゃで、避難生活クオリティが著しく低下する。
〇避難所では、早い者勝ちで自分のスペースを確保しているのが現実
⇒避難所では部屋やホールがそのまま開放されており、特に世帯ごとにセクションが指定されるわけでもないので、早い話、運動会や花見の場所取りと同じである。早く行って、人に先んじて場所を確保したやつが勝ちみたいな状況である。
⇒どうやって持ってきたのか、巨大なシートや寝具などを持ち込んで、広い面積を占拠しているグループもいたが、一方、後から来た人は十分な場所がない様子だった。
⇒とはいえ、一市民として、「とにかく一番乗りして広い場所を確保すべき」というのを教訓とするのもおかしな話なので、運営側に改善を求める点かもしれない。
〇避難所の環境は想像以上に厳しい。少しでも快適にするための装備が必要
⇒危険が迫っているのだから、取るものもとりあえず慌てて避難という流れを想像しがちだが、
身ひとつで避難すると、実に厳しい環境に置かれる(行った先で手厚く保護してくれたりはしない)。
避難所と言っても、単に「堅くて冷たい床」である。
⇒私たちの避難先はコミュニティホールのような場所だったので、学校に比べれば設備が良好で快適な環境だったといえるが、それでも、ただの床にぺらぺらのビニールシートを敷いただけの状態で座ったり、寝転がったりするのは、体への負担がとても大きい。布団もなく一晩泊まるのは正直きつかった。空調も自分ではコントロールできず、10月でも夜は寒かった。
⇒体温調節できるものは必須。コンパクトなアルミシートが大変役に立った。少々着込みすぎくらいで行くのがちょうど良いかもしれない。衣類があれば、体の下に敷いたりもできる。
⇒とはいえ、限られた荷物の中では、飲食物など生命維持に必須のものが優先になってしまうのは当然であり、何を持ち込むかは非常に難しい判断。
⇒なお、徒歩避難がルールだと思うが、中には車で来たとしか思えない大荷物を持っている人もいた。
〇情報はマジで何もないので、スマホと充電器は命綱
⇒よく、テレビで映される避難所では、集会所のようなところでお年寄りがテレビのニュースを見ながら避難していたりするが、あれはかなり条件がいい事例。テレビなんかないし、誰も状況を教えてくれない。
⇒災害の情報は自分でしっかりチェックするしかない。そして、時間を潰す手段もない。スマホ充電は決して切らすな。
〇せっかく避難したのに勧告解除を待たずに帰宅してしまう罠
⇒上述の通り、私たちは避難所に一晩泊まって、翌朝の避難勧告解除を待ってから帰宅したのだが、驚いたのは、多くの人が、まだ避難勧告が続いているのに、夜のうちに帰ってしまったことである。
これは、想像するに、夜になってかなり雨脚が弱まり、台風自体の影響がもう過ぎ去ったように見えたことによると思われる。
⇒しかし、江戸川区(の一部)に避難勧告が出ていたのは荒川等が氾濫する危険があったからであって、「その地域自体に大雨が降るから」ではない。仮に江戸川区で雨が降らなくても、上流で大雨が降り、荒川が増水すれば、下流部のどこか(江戸川区とは限らない)で堤防が決壊し、その結果、区内対象地域が浸水するのだ。だから問題は「今ここで雨が降っているか」ではなく、「河川の水位がどうなっているか」なのである。
⇒にもかかわらず、雨が弱まったことをもって避難をやめてしまった人が多かったことは、行政側の大きな課題である。「なぜ危険なのか」「何が危険なのか」が伝わっていなかったことになるからだ。
⇒我々市民としては、自分の住む地域にどういう危険があるのかを認識しておくことで、情報を正しく受け止めることができるということである。
以上のような話は、どれも当たり前で事前に想像つく話ではあるのだが、
実際行動してみると切実であり、「それくらい、まあいいか」「なんとかなるだろ」と軽視しないほうがよい要素である。
・避難所はもう、「ヒルトン水害シェルターホテル」みたいにしない?
わずか一晩の避難だが、実に疲れた。グッタリして家に帰り、翌日が休みでよかったな~と一息ついた。
「避難行為がこんなに大きな負担だから、誰も避難しないんだな…」と痛感した。
避難行動のコストが高すぎるのだ。
大雨被害の様子を見て、第三者が、「避難すれば助かったのに」「なぜ逃げなかったのか」と
コメントするのは簡単だが、避難するのはそんなに簡単な話じゃないのだ。
そこで、完全に与太話であるが、「どうすればみんながもっと避難するのか?」という問いの答えは、こうだ。
「避難所を高級ホテルみたいにしちゃおうぜ!!」
——当避難所では、エアウィーヴのふかふかベッドで快適な眠りをご提供しております。
——館内には、広々とした温泉大浴場が設けられています。雨の中の避難で冷えた体をゆっくり温めてください。ご希望の方には、使い捨て下着や浴衣のレンタルも行っております。
——お風呂の後には、シェフ監修の「おいしい防災食」をご用意しています。和洋とりまぜた豊富なラインナップの中から、お好みのメニューをお選びください。
——お子様が安心して遊べる「キッズコーナー」を開設しております。ご入り用であれば、おむつやミルクなどのご用意も。
こんな仕様にしておけば、みんなこぞって避難するだろう。
むしろ何もなくても泊まりに行きたい!と思える施設を目指し、いっそのこと高級ホテル業界に運営してもらって、おもてなし精神の充満する「ヒルトン水害シェルターホテル」みたいなのを設置すれば最高だ。
…なんていうのは、もちろん、できっこないわけで、これはただの妄想でしかない。
とはいえ、今よりマシにすることはできる。
現に、地震や水害による被災者が出るたびに、「避難所の環境の改善を!」と叫ばれている。
しかし、簡単には事態が改善しない。
その要因の一つが、「多くの人が避難なんてしたことがないから」なんじゃないかと思ったりする。
当事者になったことがある人がほとんどいないから、国民の大半にとって「人ごと」「絵空事」「机上の話」のままなのだ。
テレビのニュースで避難行動について解説している専門家の方々も、実際に自分自身が避難した経験はないかもしれない。
実際に避難所で一晩過ごすという経験を、大多数の人がすれば、もっとたくさんの声が上がって、環境改善に結びつくのではないだろうか。
避難行動を促すために重要なのが、「避難のコストを下げること」であるのは間違いない。
なるべく気軽に、負担なく避難できるようにするということ。
避難所がヒルトン高級ホテルになる日は永遠に来ないだろうが、
避難所に行けば安心できる寝場所と手厚い備品がある、というだけでも、行動を起こすのに十分な動機になるだろう。
現在、さっそく台風の接近の可能性も伝えられている。
今後もいつ自分が避難の当事者になるか分からないのだから、避難環境の改善を切に望みたい。
【補記】
なお、江戸川区には、そもそも区内に安全な場所がほとんどないという地域特性もあるのだが、
その点については、別の機会にあらためて投稿したい。



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