<その2>から続く
第3章:「水の国」の恵みを感じる湧き水めぐり
荒々しい噴煙を上げる阿蘇山の火口。
一方で、阿蘇の山は豊かな水の恵みを同時にもたらしている。
阿蘇には、豊かで清澄な水が湧き出る水源がそこここにあるのだ。
火山の土壌によって磨かれた水が、長い年月を経て地上に湧き出しているのだろう。
・水神がまつられた「白川水源」
その中のひとつ、「白川水源」には、2023年1月に訪問した。
南阿蘇村にあり、「日本名水百選」にも選定されている湧き水である。

南阿蘇村HPによれば、湧出量は毎分60トンにもなるという。
この湧き水を生む「白川」は、阿蘇・根子岳に源流を発し、下流では熊本の中心市街地を流れ下っていく。
だから熊本市民も阿蘇のこの豊かな水の恵みを受け取っているのだ。
水源地の横の神社には、水神様がまつられているという。山がもたらす水の恵みも、古くから信仰の対象になってきたのだ。
水源のある公園に入ると、湧水場所に向かって、川に沿うように参道が続いている。
湧水場所に到達すると、豊かな水をたたえた池の美しい風景に出会う。こんこんと休みなく湧き出る水の豊富な水量に驚かされる。惜しみなく水が湧き出ては流れ出ていく。
空気も澄んで、清澄な水面を見ていると心が洗われるような気持ちになる。

水源の水は自由に汲んでいくことができる(そのまま飲める)。ペットボトルも販売されているが、自分で何か水を入れる容器を持参するのがオススメだ!

…さて、ここまで紹介してきたのは、阿蘇の中でもいわば「定番」と言える場所ばかりだった。
その点、次に取り上げるのは、ややマイナーな観光スポットかもしれない。
王道の場所以外も見てみたいという人にはきっと楽しめると思う。
・高森湧水トンネル公園——水出すぎで断念
その場所は「高森湧水トンネル公園」。
ここも同じく豊富な湧き水が常時流れ出している水源地なのだが、それだけではない。
大量の水の噴出でトンネル工事が中止になったという歴史を持つ場所なのである。
明治の時代に、熊本~延岡の鉄道敷設構想があり、その一部である熊本県・高森から宮崎県・高千穂までの路線の工事が1973年に開始された。
しかし、高森トンネルの掘削中に地下水脈からの出水で沿線の水道水が断水する事態となり、工事が中断。
そのまま高森・高千穂間の工事計画自体が中止されて、途中まで掘ったトンネル跡だけが残っている。
そのトンネル跡が、公園として整備されて、一部が一般公開されているのが「高森湧水トンネル公園」だ。

トンネル内部は常時、17℃程度に保たれているらしい。私たちが訪れたのは4月のことだったのだが、外の方が暖かくて、中はヒンヤリした。トンネルへの入場は有料で、一人300円。
入り口がちょっとだけ公開されているのかと思っていたが、思いのほか、中のトンネルは長かった。
長さは500m程度あるらしいから、往復すると1km。
中央に水路が通っていて、奥から水が勢いよく流れてくる。
特に仕切りなどもないので、特に小さい子を連れている場合など、水に落ちないように要注意だ。

トンネルの中はイルミネーションで彩られており、水路の上には、4月というのになぜかクリスマスツリーが吊るされていた。
数メートルおきに色んなデザインのツリーがあり、それぞれに地元の団体(学校とかお店とか)の名前が掲示されていた。たぶんクリスマスにあわせて各団体から出品されて飾られたものが、もったいないのでそのままになっているんだろうと思われる。
そのへんのユルさがなんとなくほっこりする。
ツリーに彩られて、長いトンネルの中は見飽きない。
一番奥に、ちょっと想定外のものがあった。「ウォーターパール」という装置である。
私は寡聞にして、初めて見たのだが、目の錯覚を利用して、水の玉が不思議な動きをする演出を見せてくれるというものだ。
大きな水の玉がいくつも連なり、整列して水流の形になって装置から落ちてくるのだが、水の玉がその場でとどまっていたり、あるいは逆流して下から上に移動していくように見えたりするのである。
完全に物理法則に反した動きをしているように感じるので、手品を見せられているような不思議な気分になる。残念ながら下の写真ではよく分からないが、こちらの会社のHP でその原理が説明されているのでご参照いただきたい。

トンネルの最奥部は岩で塞がれたようになっているが、そこから途切れなく滝のように水が噴き出して、水路の方にどんどん流れていくのである。
今でも常時、大量の湧水が吹き出ているのだ。阿蘇の水の恵みの豊かさを感じる。
ここは夏場に来たら、涼しくてきっと気持ちがいいんだろうなあ、と思った。
定番観光スポットに飽きた人や、みんなが行く場所からちょっと外したいという人にお勧めする場所である。
完全に余談だが、私は東海道リニア工事のニュースを見るたびに、大量の湧水で鉄道トンネル工事が中止になったというこの場所のことを思い出すのである。
エピローグ:火と水の融和の上にある国土
ここまで、3つの観点から、「阿蘇に一度は絶対行くべき」理由を書いてきた。
阿蘇で見られる雄大な景色と、火の恵み、水の恵みは、何か自分の心の奥底に語りかけてくるような力を持っていると感じるのだ。
最後にまったく阿蘇とは関係ない話をひとつ書いて、この記事を終わりにしたい。
私が子供の頃に読んでとてもハマった小説に、荻原規子の「空色勾玉」というのがある。
「勾玉三部作」と呼ばれる和風ファンタジーの1作目で、ご存じの方も多いと思う。とても面白いので、未読の方はぜひ。
本作は、古事記に代表される日本の古代神話を題材にしたファンタジーで、作中の舞台「豊葦原」では、古事記でいうイザナギにあたる父神を信奉する「輝」の勢力と、同じくイザナミにあたる母神を信奉する「闇」の勢力が争っている。
主人公の少女「狭也」は闇の勢力の巫女であり、「水の乙女」と呼ばれる。
彼女の運命の相手となる少年「稚羽矢」は、神話でいうとスサノオにあたるのだが、輝の勢力に属する神の御子であり、彼は火を象徴する「大蛇の剣」の化身である。
いわば彼らは、火と水という対立命題をそれぞれ背負っているわけだ。
物語の最終章には、「土の器」というタイトルがつけられている。
終局で、二つの勢力は和解する。
そのとき、父神との間の長い諍いに区切りをつけるため、母神は父神に、お互いが手を取り合うべきことを語りかける。彼らそれぞれの息子と娘(稚羽矢と狭也)がすでに対立を乗り越えて強い結びつきを作り上げていることを示してこう言う。
「子どもたちが、土を水でこね、火で焼いて器を作るでしょう。火と水ほどに相容れぬものでさえ、一体となることがあるように、わたくしたちはひとつに結びあうことができるのです」。
父神は答える。「土の器か。豊葦原そのもののことのようだな。」
これは、和解にあたり、相反するもの・対立するものを止揚して新しい価値を作っていこうという意思を示したものでもあるけれど、同時に、我々が生きる日本の大地がまさにこのようなものとしてできあがっているのだという、日本の風土の根幹を表すような言葉でもあると感じるのだ。
私たちが暮らす日本の大地、「豊葦原の瑞穂の国」は、まさにこの土の器のようなものだと感じる。
だからこそ、「火の国」でもあり「水の国」でもある阿蘇に行くと、何か、わけもなく、理屈抜きに、心の奥底で強く惹かれるものを感じるんじゃないだろうか。
ただのこじつけじゃない?と言われるかもしれないが、まあそれは何だっていい。
阿蘇は本当に素晴らしい場所なので、まだ行ったことがない人は、今すぐガイドブックを買って、旅行を計画しよう。
これから阿蘇は春を迎え、野焼きの季節を迎え、やがて、草原が青々と輝くベストシーズンを迎えるだろう。
私もそんな時期にまた行きたいと思っている。



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