子連れで行く「さぬきのこんぴらさん(金刀比羅宮)」は、親の足腰の強靱さが試される

旅行・地域ネタ

「さぬきのこんぴらさん」と言われる、香川県・琴平町の「金刀比羅宮ことひらぐう」。
海の守り神として古くから信仰を集めてきた神社だ。
香川県の観光スポットとして真っ先に名前の挙がる場所でもある。

先日、香川県に旅行した際、子どもと一緒に金比羅山にお参りしてきたときのことを紹介しよう。
一言にまとめるとすれば・・・幼児を連れていくなら、足腰の強靱さは必須だ!ということだ。

・香川のイチオシ、金刀比羅宮

金刀比羅宮は、明治時代の廃仏毀釈までは「金毘羅大権現こんぴらだいごんげん」と称しており、

金毘羅大権現は歴朝の尊崇を受け、また、諸国の大名武将から一般庶民に至るまで広く信仰され、全国的な航路の発展とともに航海者の信心を集め、全国に勧請(かんじょう)されて金毘羅講が各地におこり、その神徳はいよいよ高まりました。

と、公式HPにあるように、航海関係者を中心に厚い信仰を受けてきたようである。

自宅から遠く離れた場所にはるばる旅行して、人気の寺社に参拝するという習慣は、江戸時代に庶民にも広まったものだと思われるが、
令和のこの時代になっても、なんとも楽しいものである。

別に信仰心があるわけでもないくせに、物見遊山で参拝に行くのは、なんでこんなに楽しいのだろう。

古くから参拝者が集まっていた場所には、近郊からも遠方からも日々たくさんの人が訪れることから、自然と町の賑わいが創出され、楽しいもの・珍しいものがあれこれと育つのである。
そして、総体としての町の作り全体が、なんとなくウキウキした雰囲気になる。
有名な寺社の参道は、どこも賑やかで自然に心が弾む。

さて、「こんぴらさん」の特徴と言えば、本宮まで続く785段の石段!
本宮は「象頭山ぞうずさん」の中腹、海抜251mという標高の高いところにあるので、そこまで頑張って階段を上って参拝を果たさなければならない。

身体強健な若者なら、なんてことない道のりなのだが・・・3歳児を抱える身としては、なかなかの試練だ!

※なお、石段を自力で登るのが難しい方のために、予約して車で参拝する方法もある。
我が家は子ども連れとはいえみんな健康なので、苦労はあったが歩いて登った。

参道を構成する785段の石段は、途中までは飲食店や土産物屋の建ち並ぶ門前町を形成しており、
買い物をしたり食べ歩きをしたり、寄り道しながら階段を上っていくこと自体がこんぴら参りのレジャーと言える。

・誘惑多すぎで前に進めない門前町

駅の隣にある駐車場に車を止めて、金刀比羅宮の門前町まで歩いてやってきた私たち。
日曜日とあって、たくさんの参拝客で通りは大賑わいだ。

石段が始まる前の平地部分から石段の途中まで、ぎっしりとお店が並んで、誘惑がいっぱい。
お参りしに来たはずなのに、おいしそうなものを見かけるとついつい立ち寄ってしまい、いっこうに先へ進めない。

参道にはお店が立ち並び、大勢の参拝客で賑わっている

我が家の編成は、夫婦+長男9歳、次男3歳

石段の道のりになることは分かっていたので、ベビーカーは車に置いてきて、次男も自力で歩いて登頂(?)させることにした。

春の華やかさ、「おいりソフト」

石段に挑む前にさっそくおいしそうなものを発見。
名物「おいりソフト」!

ソフトクリームに、香川の名物「おいり」をトッピングした、実に「映える」グルメだ。
参道のあちこちの店で取り扱われている。

こぼれそうにトッピングされた「おいり」が華やか


「おいり」は、香川で結婚式に使われる縁起のいいお菓子なんだそうで、色とりどりの小さなコロコロした球体である。
ピンクや緑など春らしい華やかな色合いに心が浮き立つ。
ひなあられのような外観だが、もっと軽くて、ちょっと触ると崩れてしまう。
ソフトクリームと一緒に口に入れるとすぐにほどけて、心地よい甘みが加わる。

定番「灸まん」と「しょうゆ豆」

さあ石段に挑もう!と思っていたら今度は「灸まん」が気になる。
この「灸まん」は、金刀比羅宮に来るまでの道路のそこかしこで、電柱に、これでもか!と広告が貼ってあったお菓子で、金刀比羅宮そして香川を代表する銘菓である。
門前町の至るところで販売されている。

こんぴらさんで常時見かける灸まん

ここは買っとくしかない。
さっそく購入し、さらには隣に並んでいた「しょうゆ豆」も一緒に購入。
「しょうゆ豆」も香川の有名な郷土料理で、煎ったそら豆を醤油・砂糖の甘辛いタレに漬け込んだもの。
前の晩、宿泊先の夕飯でも食べる機会があり、シンプルながら味わい深い一品だった。豆好きの私としては迷わずお買い上げである。

門前町の途中から石段が始まる。登り始めの入り口は狭い。
長男・ひーくんは、785段あると聞いて、数えながら登るぞ!と張り切っている。
次男・ふーくんは、「かいだんのうえに、かみさまがあるの?」と言いながら、まさか785段も歩かされるとは知らず、最初は親に手を引かれて機嫌よく足を運んでいる。

石段の入口付近の店では、杖を貸し出しているところが多い

石段は1段ごとの段差もバラバラだったり、デコボコしていたり、形が整ってなかったりするので、お世辞にも歩きやすいとは言えない。
歴史や由緒のある場所は、えてして、「バリアフリーってナンデスカ」みたいな作りになっているものである。

石段の両側に、ところ狭しとお店が並ぶ。
この風景を見ると、関東近郊では、江ノ島が近いかなと思い浮かべる。江ノ島弁財天も、参道に商店が密集し、それを抜けた先の長い階段を上っていかなければならない。
しかし、江ノ島には「エスカー」がある。こんぴらさんには、ない・・・

不思議ネーミング「船船せんべい」

土産物屋さんには、色々なお菓子が売られている。
船船せんべい」という名前が目に付く。
見たところいわゆる瓦せんべいのようなものらしい。
焼き立てをバラ売りしているので誘惑に抗しがたく、またお買い物!

船船せんべいとは、こんぴら参りの人々を運ぶ「こんぴら船」を歌った「金毘羅船船こんぴらふねふね」という民謡に由来するネーミングらしい。せんべいの表面に民謡の文言がプリントされている。

食べてみると、食感は硬めだが、和三盆を使った上品な甘さが印象的な、優しい味である。

こんぴら船船の歌詞が書かれたおせんべい
店頭には、江戸の頃のこんぴら参りの人々をイメージしたのかな?というビジュアルの人形が

石段には、ところどころ、「ここが何段目」という表示がされている。
ひーくんはそれを見て自分の段数カウントと答え合わせをしながら上っていく。

ここは77段目。誘惑が多すぎてまだ全然進んでない

ところで、私は10年以上前にも金刀比羅宮に来たことがあるのだが、そのときの記憶では、お客を乗せて石段を上ってくれる「駕籠かご」という面白いサービスがあったような気がしていた。
今回、見かけないので、なくなってしまったのかな?と調べてみたところ、担ぎ手の高齢化などを理由に2020年に廃業されてしまったとのこと。
参道の独特の風物だった気がするので残念だ。

・神域に入る

113段目から、神社の入り口「大門」までは急な階段になる。
大門を入れば神社の敷地であり、お店はここまでだ。

大門まで急傾斜の階段を上る
大門には迎春の文字が
振り返って見ると、すでにかなり上ってきた感覚

そしてここから先、石段上りは本格化。
鳥居をくぐり、しばし平坦な参道を経た後、次々と険しい石段が出てくる。

大門の先にはしばらく平坦な道がある

ここまで、なだめすかしながら手を引いてきたふーくん(次男3歳)であるが、
ずいぶん上ったのに目的地に着かないのが不満らしく、
ここのぼったら、おわり?」と何度も聞かれる。
そのたびに、「そうだね~もう少し行ったら、つくよ~」などとごまかしながら手を引いていくのだが、
なかなか到着しないらしいということに気づき始めると、だんだんグズるようになる。
そして、しまいには「だっこ」である。

しかたがないので、私と夫で分担しながら、しばらく抱っこして上り、1セクション進んだらまた下ろして、「ちょっとがんばろうか」などと言いながら本人を激励して少し歩かせ、進めなくなるとまた抱っこし、・・・を繰り返して上った。

9歳のひーくんは段数を数えるのが楽しく、元気いっぱい上っていく。

境内には、様々な見どころもあるのだが、3歳児を上まで誘導するのに手一杯で、ゆっくり見ている余裕はあまりない。

途中、書院や宝物館があり、中の美術品を見たかったけれど、子どもが大人しく付き合ってくれる見込みがなく、断念。

どんどん上っていく
書院の入口
階段また階段

ある程度のぼったところで、非常に立派な建物が現れて、「これが本宮なのかな?」と一瞬思ってしまったが、
これは旭社というお宮である。
高さ18mの堂々たる社殿で、旭社の御祭神は、天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・伊邪那岐神・伊邪那美神・天照大御神・天津神・国津神・八百万神だそうである。もう、大物含めてここに全員いるやん?

旭社は本宮と見間違えるくらい立派

旭社の両側に据え付けられている水瓶に、たくさんの一円玉が浮かんでいる。
どうやら、ここに一円玉を浮かべられると(沈まずに浮くと)願いが叶うという言い伝えがあるらしい(というのを、その場で知った)。
ひーくんはおもしろがってチャレンジしている。
一円玉は軽いので、さして苦労もせず浮かせることができていた。

水瓶にたくさんの一円玉が浮かんでいる

旭社の先に賢木門という門がある。
長宗我部元親により献納されたが、一本の柱が逆さまに取り付けられてしまい、「逆木門」(後に、「逆」の字を嫌い「賢木門」)と名付けられたそうだ。

立派な賢木門。扁額は有栖川宮熾仁親王殿下の御筆だそうだ
こんなところにも灸まんの名前が登場している…!

・いよいよ本宮

石段が残りわずかになると、「あと133段です」という標識が立っている。
ここから先は御前四段坂というそうで、とりわけ傾斜がきつい気がする。

しかし、苦労して上ると、なんだか御利益がありそうな気がするから不思議だ。
この階段を全部上れば、本宮に到着する。

「あと少し」「福が来る!」と励ましてくれる

のぼりきると、本宮の近くに展望台があった。
展望台からは、讃岐平野を一望できる。
印象的な美しい形の山は、「讃岐富士」と言われる飯野山。遠くに、かすかに海が見える。

海の守り神とされる金刀比羅宮。
古くから、ここに参拝に来た人々は、遠く海を見はるかしながら、航海の無事と安全を祈っていたのだろうか。

展望台から見える景色。讃岐富士が美しい

本宮は、大物主神と崇徳天皇をまつっている。
保元の乱に敗れて讃岐に流され、その地で没した崇徳天皇は、怨霊となって都の人々を脅かしたといわれるが、讃岐の地では厚く尊崇されていたんだなとわかる。

心を込めて本宮にお参りしよう

本宮の隣には、大物主神のお后をまつる三穂津姫社があるので、忘れずこちらもお参りしよう。

本宮からさらに石段を583段(本宮までと合計で1,368段)上ると、金刀比羅教の教祖をまつる通称「奥社」にたどり着くことができ、途中には崇徳天皇をまつった白峰神社もある。
ぜひそこまで行きたい気持ちはあったが、今の我が家の編成では、到達は困難と判断し、今回は諦めた。

いずれまたこの子たちが大きくなって何の苦もなく階段を上り下りできるようになった頃、ご縁があれば挑戦しよう。
ただ、その頃にはむしろ母ちゃん(自分)の膝がアテにならなくなってるかもしれないけどね・・・

本宮の向かいには、お守り等の授与所がある。気に入ったものを選んで、御利益を持って帰ろう!
イチオシなのは「幸福の黄色いお守り」ではないだろうか。

金刀比羅宮によると、

黄色はあふれんばかりの恵みと愛をもたらしてくれる色。稲や麦の稔りの色、豊穣の色。エネルギーにあふれた力強さで満足を約束してくれる色です。

だそうだ。

このお守りに、「こんぴらいぬ」のストラップが付いたセットが、かわいらしくてオススメ。

幸福の黄色いお守り+こんぴら狗ストラップのセット。

江戸時代、遠方まで行けない当人のために、犬が代わりに参拝するという習俗があり、「こんぴら狗」と呼ばれた。
伊勢神宮の「おかげ犬」と同じようなものだ。
そういう由緒があるから金刀比羅宮は犬を連れて参拝可能で、たくさんの人がペットともに訪れている。

こちらは「こんぴら狗みくじ」。ひもを引っ張ると、置物の中に入ったおみくじが出てくる

行きはよいよい、帰りは…

参拝を終えたら、再び785段の階段を、今度は下り方向に向かって戻っていくことになる。

上りは体感的にはつらいが、実は、体への負担、特に膝への負荷という意味では、下りの方が問題である。
そして、子どもの安全にとっても、下りの方が問題である。

行きはよいよい、帰りはこわい。

石段は一段がけっこう高いので、体の小さい3歳児は、足の長さが足りず、自分で安全に段を下りることがむずかしいのだ。
そのため、下りはもう、ずっと抱っこ一択

推定15キロのふーくんを抱きかかえ、急な石段を下りる。
一段ごとに、膝がきしんで「うっ」となる。2年前に半月板損傷で膝の手術を受けた身である。

こういうときこそ、足腰頑健な夫・ヨウちゃんの出番だ!
彼は子どもの頃に柔道で鍛えた強靱な肉体の持ち主である。

下りのふーくん抱っこは、結局、大半をヨウちゃんにお願いした。
親の足腰の頑健さが試される帰路といわざるをえない。
軽快な足取りで階段を下っていく若者たちがうらやましい。

大門をくぐって神域を出ると、もう一度、にぎやかにお店が連なる参道を通りながら石段を下っていくエリアになる。
再び誘惑が押し寄せて、私はつい、行きに船船せんべいを買って食べたのと別の店で、今度はお土産用の船船せんべいを購入してしまった。

お土産屋の店頭には、香川の看板である讃岐うどんの麺が並んでいる。重くなりそうだなあと思いつつ、これも誘惑に抗えず、お買い上げ。家に帰って、どんなうどんにしようかな?とウキウキ。

行きも帰りも、信仰心より欲望が勝ってしまった俗物根性の参拝だった。

この苦労も楽しい思い出

…ということで、金刀比羅宮参拝の道のりは、足腰健康な成人にはさほど大きな負担ではないが、
幼児や高齢者など、要保護者を連れていると参拝のハードルは上がるし、
上り下りするだけで一苦労だから、あまりゆっくり堪能できない。

とはいえ、その苦労も含めてレジャーである。
旅行というのは、どこかに至ることを目指すというより、過程を楽しむものだ。
そして、「もう少し見たかったな」という気持ちは、次に来訪するためのご縁を結ぶものなのかもしれない。

私自身、そんなにしょっちゅう来られる場所ではないから、子供を抱っこして上り下りするのは、これが最後だろう。
この先子供たちが大きくなって頑健な若者に成長し、そして母ちゃんは足腰が弱ってもう上れなくなった日には、
「ひーくん、ふーくん、お母さんの代わりにお参りしてきておくれ…」
といって、こんぴら狗よろしく、代参してもらうことにしようかな。

そんな想像も含めて楽しいこんぴら参りだった。

小さい子連れの方は、いささか苦労を味わうことにはなるものの、(ご自身が健康であるなら)それも思い出だと思って、抱っこ参拝に挑戦されるといいのではないかと思う。

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