【紅葉】昔の京都の美しい写真を何も言わずに黙ってただ貼る

旅行・地域ネタ

秋が深まって、日暮れがグッと早くなり、冷たい木枯らしが吹き、木々の葉も色づいてきた。
この時期、紅葉の美しい名所に出かけてみたいなあという欲求がつのる。

自然と思い浮かぶのは、京都の紅葉の名所の風景である。

我が国1000年の都、京都。
様々な歴史の舞台となってきた土地だが、近年は、オーバーツーリズムの文脈で取り上げられることが多くなったように思う。
著名な観光地である東山の清水坂や嵐山の竹林の小径などが、外国人観光客であふれかえっている様子がしばしば報道され、
バスが混雑しすぎて市民が乗れないなど、日常生活への負の影響も問題視されている。

最近では、そのような状況を忌避して、日本人観光客(修学旅行生など)が京都に行かなくなっているとの報道も見かける。

私は学生時代を京都で過ごしたので、京都は非常に思い入れがある街だ。

住んでいる間に、色々な寺社にも訪問したし、季節ごとの美しい風景にもたくさん出会った。
京都を離れてからも、懐かしい風景に会いに、機会を見つけて京都を訪れることもあった。

だから、京都については書こうと思えばいくらでも書くことが思い浮かぶのだが、
最近の状況を見ていると、もはや自分の記憶とはすっかり様変わりしているのかな、と思うこともある。

私が学生だった当時(2000年代後半)の京都も、桜の時期や紅葉の時期になると観光客で大混雑して、京都駅から家に向かうバスがぎゅうぎゅう詰め、渋滞でちっとも進まないようなこともよくあったものだ。
一方で、みんなが知る有名スポットを避けて、場所を選べば、けっこう落ち着いて紅葉鑑賞できることもたくさんあった。
そして、時には、何もない冬のある日、有名観光地が驚くほど静かで、ほとんど誰もいないなんてこともあった。
そんな、静かで落ち着いた京都の姿もたくさん記憶にあるのだ。

あの静かな京都がなつかしい…、というのは、個人的で陳腐なノスタルジーだと分かっている。

世界の様々な国の人が、日本の文化に敬意と愛着を持って、私たちの国に訪問してくれることは、すばらしいことだ。
世界中から多くの人が訪日し、日本の文化や精神に直接触れる体験をしてくれるのは、日本人として嬉しいことだ。

一方で、もし、その観光が、地域の生活を壊し、地域の住民の幸福に繋がらないのであれば、
それはただ自分の身を切り売りしているだけで、あまりにも自分の地域を安売りする行為だと言わねばならない。

オーバーツーリズムと言われる状況に何か主張するのがこの記事の目的ではないし、
その課題にどう対処すべきかを意見するつもりもない。

ただ、昔の京都の美しかった写真を発掘したので、それを貼って何も言わずに懐かしみたいと思ったのである。

以下は本当にただそのとりとめのない目的によるものである。

管理人が完全に素人として、過去にたまたま撮影していた画像をピックアップしているだけである。
しばしの休憩にぜひ見ていってください。

いちいち説明は入れなかったが、写真の撮影は2007~2009年ごろ。
場所は、曼殊院、修学院離宮、東福寺、神護寺などがメインである。

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