雨を追い越して走る

家族・子どもの話

なんという詩的でロマンチックなタイトルだろう。
想像力をかきたてる響きに満ちて、そのまま歌の題名になりそうだし、何ならこれだけで青春小説が一つ書けそうだ。

これは何かというと、次男(ふーくん)が言っていた言葉である。

雨が降った夜、自転車にふーくんを乗せて保育園から帰ってきた。
屋根のある駐輪場から社宅の入口まで、ふーくんは全力失踪していく。

どうやら早く走ると雨に当たらないと考えているようで、
得意気に「ふーくん、雨をおいこしたよ!」という。

雨を追い越して走る。
しかし実際の後ろ姿ときたら、短い手足をパタパタ振りながら、ぷにぷにのお尻を揺らして、よちよち走っていくのである。かわいすぎてイメージとちがう。

小さな子供は、まだ言葉が十分でないにもかかわらず、時々驚くほど詩的なことを言ったり、ロマンチックな言葉遣いをしたりする。
彼らには、大人が失ってしまった、原始的な想像力があるのだ。

そういえば、宇宙のことが好きだった長男(ひーくん)は、
小さいころ、よく、色とりどりのスーパーボールやビー玉を床に並べて、惑星に見立てて遊んでいたものだ。

マーブル模様の入った水色のスーパーボールを「地球」と言い、
赤っぽいのを「火星」と言い、
小さくて硬いビー玉を「水星」といって、
順番に並べては、寝そべってそれを横から眺め、飽きずに何やら喋っていたものだ。

彼の頭の中では、遠い宇宙の彼方で運行する人知を越えたスケールの天体も、
手のひらにコロンとおさまるカラフルなおもちゃのボールも、
同じ想像力のなかで、相互に入れ換え可能なもののように存在しているのだ。

彼らの想像力はせせこましい人間の生活圏を飛び出して、直接宇宙に繋がっている。


さて、ふーくんは空を見るのも好きで、月や星を見つけると必ず教えてくれる。

この10月は天気が悪い日が多くて、なかなか月が見えなかったが、
先日、保育園からの帰りに、半月がくっきり見えた。

次男ふーくん
次男ふーくん

あ!つき!

ふーくんが空を指さして教えてくれる。

そうだねえ、きれいだねえと言っていたら、ふーくんはなんだか分かったようなことを喋り出した。

「つきはたいようとちきゅうをまわってるの?」
「そうだよ。太陽の周りを地球が回って、地球の周りを月が回ってるんだよ。」
ちきゅうは、でないのかなあ。
「地球は、ふーくんたちが住んでる、この地面だからね。地球にいる限り、地球の姿は見えないんだよ。」
「なんで?」
「宇宙に出ないと、見えないんだよ。外から見ないと分からないからね。」
うちゅう、またいきたいねえ。
「宇宙行きたいの?お母さん、宇宙行ったことないよ。」
「ふーくん、うちゅういったことある。
「え!そうなの。そんならまた、いつか行けるかもねえ。」

ふーくんとこんな話をすることが、親の喜びだ。
私の手にはとてもおさまらないような、彼らのでっかい想像力を応援してやりたい。

雨を追い越して、虹の向こうへでも、
地球を飛び出して、宇宙の彼方へでも、
どうか自由に羽ばたいてくれ、子供たちよ。

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