君ならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも 知る人ぞ知る
(紀友則)大意:この梅の花を、あなたではなくて誰に見せようか。梅の美しさも香りも、情趣を解するあなたのような人だけが分かるものなのだ。
梅の花について思い浮かぶ代表的な和歌といえばこれだろうか。
桜と比べたとき、梅はいささか地味である。
遠目に見ても華やかで景色を席巻するような迫力、みたいなものはない。
しかし、近寄って見ればとても繊細で上品で、高貴な感じがする。
そして何より、そこはかとなく漂ってくる芳香が、奥ゆかしくて趣深い。
梅はそういう花だと思う。
古典和歌の世界においては、古い時代には「花」と言えば梅であったものが、
やがて平安時代以降、桜の人気が上昇し、花と言えば桜を指すようになった…というのは
古典の授業でも出てくるような話だ。
満開のときの夢幻的な美しさと散る姿のはかなさで万人に愛される桜に比べると、
梅はちょっとばかり「大人向け」の雰囲気があるかもしれない。
近くでじっくり見なければその魅力を十分に味わえないからだ。
「桜はみんな好きでしょ?お花見行ったら誰とでも楽しめるよね。でも梅って、風情とかホントに分かる人しか味わえないと思うんだ。だから君にいちばん見せたい。梅の魅力って君みたいな人と語りたいんだよ」
…冒頭の歌の心を、イマドキふうのポップさで言いかえると、なんだかホストの営業トークみたいなノリになるから不思議だ。
(注:これまでの人生で一度もホストのトークに接した経験はありません。)
東京の梅の名所:池上梅園
暦の上では春を迎えたこの時期、まだまだ寒さは厳しいが、梅の香は私たちに春の訪れを感じさせてくれる。
東京にも梅の名所はたくさんあるが、今回はその中から、大田区にある「池上梅園」を紹介しよう。
池上梅園は、戦前に日本画家の私邸だった場所が、戦後、東京都を経て大田区に譲渡されたという来歴を持つらしい。
大田区に移管後、梅を中心に植林され、庭園として整備されたのだという。

丘陵の斜面を生かして造園されており、季節に応じて、梅やツツジ等の花が斜面を彩り、高台に上れば庭園内の景色を俯瞰的に見下ろすことができるという作りになっている。

四季折々の花を楽しむことができるが、やはり梅園というだけあって、梅の咲く時期にもっとも賑わうようで、例年、梅が見頃になるタイミングにあわせて、夜間のライトアップも実施されている。
昼にじっくり見る梅も、夜のほのかな灯りでどこからともなく漂ってくる梅の芳香も、
どちらも楽しむことができる場所である。
訪問記——元号「令和」に思いをはせる
2月中旬、ちょうど見頃を迎えた梅の花を見に訪問した。
入園料は、大人100円、小人20円と、激安である。

到着時刻は17時くらい。日が長くなってきたので、この時間はまだ明るくて、花の姿もよく見える。
園内には、紅白とりまぜて、いろいろな種類の梅が植えられている。
5枚の花弁の定番っぽい形の花もあれば、ボリュームのある八重咲きの花、そして枝垂れ梅も時々ある。
パンフレットによれば、園内では約30種の梅を見ることができるそうだ。




梅は、花だけではなく、曲がりくねった独特の形の枝も見どころである。
まっすぐに伸びず、不規則に折れ曲がって、節くれ立っている枝の姿が、なんとも古風で、渋くて、味わいがある。

梅といえば、紅白が対になっていて縁起がよさそうなイメージがあるけれども、
万葉集の時代には、梅といえば白梅だったと聞く。
そういえば、今の元号「令和」が発表された際に、その由来も一緒に説明されたのだったが、それも梅にまつわる万葉集の一節だった。
万葉集にある「梅花の歌」の序文。
初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香
(初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす。)
…まあ、私には漢文の素養もないので、こう書かれてもよく分からないが、
新年のいい天気の日に、白梅がきれいに咲いてるねということのようだ(←雑)。
白粉に例えられているのだから、この梅は白梅。
万葉の歌人たちは、高貴で凛とした白梅のたたずまいを愛したのだろうし、
この古典から引用して「令和」を提案した人も、もしかしたら「れいわ」という語感がもたらす清冽な印象を、寒さの中に毅然と咲く白梅の典雅な姿に結びつけていたのかもしれない。
園内の景観:夕暮れ時
高台に上ると、庭園の全体像が見渡せるようになっており、紅白の梅に彩られた景観を堪能できるだけでなく、
付近の町並みも眺めることができる。
ちょうど、近くに都営浅草線の車両基地があるので、浅草線の車両が地上に出て、車庫に入っていくらしい姿が遠目に見えていた。
天気もよかったので、夕日があかあかと照って地平線に沈んでいくのをしばし眺めた。


園内には、池を囲む和風庭園や、複数の茶室も設けられている。茶室ももとは私人の所有であったものが、保存のため大田区に寄贈されたらしい。公共施設として催しに利用できるようだ。



その後は、少しずつ園内が暗くなり、木々の間に設置されたライトが点灯し始める。
控えめな照明の中にぼんやりと梅の姿が浮かび上がり、花の色もはっきりとは分からなくなる。
思わせぶりで妖しげな雰囲気が漂い、まるで年老いた木の精でも宿っていそうな雰囲気を感じる。
薄闇に白く浮かび上がる花をのぞきこんで、じっとそのまま眺めていたい気持ちになってくる。



そういえば、夜の梅の花と言えば、こういう歌もあったのだった。
春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそ見えね 香やはかくるる
(凡河内躬恒)
大意:春の夜の闇は、おかしなことをするものだ。梅の花の姿は闇にまぎれて見えないけれど、その香りは隠せていないではないか?
梅の花とは、闇の中で姿が見えなくとも、その香りによって存在を感じることができるものなのだ。
夜桜というのも艶美なものだが、夜に見る梅には、また違った妖しさがあるようだ。


営業トークで気になる相手を誘ってみては(?)
…というわけで、早春のこの時期、多種多様な梅の優美な姿を昼と夜とで堪能できる池上梅園は、大変オススメできる場所である。
私が行ったときには、訪問客は高齢者が多かったような印象で、あまりカップルを見かけなかった気がするのだが、若い方はぜひ、意中の人を誘って出かけるのもよいのではないだろうか??
「梅の魅力って、分かる人にしか分からないと思うんだよね」とかなんとか調子のいいことを言いながら、梅園見学を提案してみよう。
「夜に見る梅はまた格別で、君のような風情の分かる人と一緒に見たいんだ」などと言ってご機嫌をとり、
「そういえば令和って元号の由来も、梅関連だったよね」と、さりげなく知識ありげな話題を持ち出し、
展望台で町の夜景を見ながら「きれいだね」などと静かに語り合っているうち、
きっと二人の仲も深まることだろう!
…なんていう無責任なバカ話はともかく、古来から雅な歌人たちにも愛されてきた梅は、心静かに落ち着いた気持ちで眺めるのに最適な花である。
暖かい春が来れば、桜がいっせいに咲き誇り、色とりどりの花ですっかり景色が彩られることだろう。
私たちの気持ちもすっかり騒がしくなるだろう。
そんな春らんまんの季節がやってくる前に、いったん立ち止まって、古の和歌の心に思いを馳せながら、急がず、騒がず、静かにしっとりと梅の香を堪能しよう。



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